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zoom RSS 酔いどれ前のひとりごと vol.85 ラウンドガールは飯島愛

<<   作成日時 : 2006/09/01 23:19   >>

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vol.85 ラウンドガールは飯島愛


「負ける試合じゃなかった」と解説のガッツ石松は言った。

 1992年11月18日のWBAジュニア・フライ級タイトルマッチ、井岡弘樹と柳明佑の再戦。この1年前、井岡は17連続防衛の王者に挑んで、アウトボックスの鮮やかな勝利を飾った。3度目の防衛戦に迎えたのが、雪辱に燃える前王者だった。試合後半、井岡は足を止めてパンチの打ちっこをしてポイントを失い、判定負けをした。

 それがどーちたの。

 面倒臭そうな顔が出てきそうだが、この試合は大事なことを、もちろん牽強付会、3つ含んでいる。

 ひとつは、この試合は、井岡はなにがなんでも勝たねばならなかった。なぜなら、東洋初の3階級制覇を見据えていた井岡には“この試合は勝っても負けてもたいした意味はなかった、そういう勝負は絶対に勝ちにいかなければならない”という将棋の米長邦雄の勝負哲学を僕は信じているからだ。

 結果が出ているからなんとでも言えるけれど、この試合以後、女神は井岡に微笑まなかった。

 もうひとつは、記録への固執。9戦目の戴冠、13度防衛という具志堅用高の足跡が、具志堅以後の有能なボクサーに、彼を抱えるオーナーに、メディアに、ファンに、強烈に刻印されて今なお続いている。記録のうえで具志堅を上回ることが優秀の証しのようになり、名を残す手っ取り早い方法になった。目先のゼニカネももちろんあるけど。

 井岡は優れたボクサーだったから、そういう時代のそういう流れを先頭きって泳いだ。この試合はその過程の、目的地ではなく行き過ぎる風景だった。「次はフライ級に上げて3冠を狙う」なんて、敗戦の弁らしい弁もなく、正直、ひとを馬鹿にしていると僕は思った。

 そして3つめは、パワー信仰。パンチ力が勝負を決するという宗教。一撃必倒なら、それはまさしくパワーだが、当たらないことには始まらない。この信仰は、成果が傍目にも見えるという始末の悪いところがあって、筋肉がモリモリになったりミットを叩く音がドスーンと響いたり。だから信者があとを絶たない。精進潔斎したつもりになって、よっしゃ、勇んだリングでは、せっかくのパンチはなぜか当たらず、まさかの敗戦と相成る。このころの井岡は本来のスピードを棄てて、パワー勝負に移行の途次だった。

 だけどパワーって、ことボクシングに関しては、身分、血統、顔立ちといった、生れついてのものと似ているんじゃないだろか。対抗出来ないことはないよ、出自を強引にまげる、整形手術を繰り返す、お面かぶって生きてく、なんて。けど、極度のあとづけのパワーって、労多くして功少なしじゃなかろか。

 パワーアップに励んで、そうして替わりに失うものはないか。第一にスピード、第二に柔軟性、第三に判断力、第四にスタミナ、第五に決意、覚悟。第一以外はいいかげんにモノ言ってるけど、4回戦ボーイのパンチだってまともに急所に入れば世界チャンピオンでも倒れるだろうし、たとえばファイティング原田はパワーではなく、ボクシングそのものにスピードがあったから人気実績ともあれだけになれたと僕は決めている。 

 どうでもいい勝負、そんな勝負はほんとはないんだけど、全身全霊で獲りに行く、そういうボクシングが見たかった。

 つまらないぞ、記録ばかりのボクシング。パワーよりもスピードだろ…井岡選手に事寄せてこんな説教臭いことを書いた。でもなあ、井岡はおのれを信じきれず、日本一のスピードスターの座を逸したと僕は解釈して、今もって残念に思う。

 もう14年も前・・・途中から、スパンコール輝く、長い髪の可憐な娘をちらちら見てた。


▽バックナンバー
vol.84 重箱のスミ〜2006年9月号
vol.83 夢の始まりは…
vol.82 重箱のスミ〜2006年8月号
vol.81 拳聖ふたたび
vol.80 重箱のスミ〜2006年7月号
vol.79 重箱のスミ〜2006年6月号
vol.78 重箱のスミ〜2006年5月号
vol.77 重箱のスミ〜2006年4月号
vol.76 重箱のスミ〜2006年3月号
vol.75 悪いのはだれだ? おれだ…
vol.74 オサム会長はおっきいのがお好き
vol.73 重箱のスミ〜2006年2月号
vol.72以前 夜明け前,カメダ・ワールド,重箱のスミ〜2006年1月号,逆転の貴公子,ほんの少しの恐怖,ジャブを出せ,ガッツ石松 vs ロベルト・デュラン〜もちろん架空〜エキジビション,最強という名の幻想,年間最高試合について,これぞ伝説,アリ、フレージャー、そしてフォアマン,だけどファイティング原田は好きだった,なんとなく空想対決[G.フォアマン vs B.サップ],拳聖....etc.


■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。



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