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zoom RSS 冬がくれば思い出す

<<   作成日時 : 2006/12/18 23:43   >>

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 あれからひと回り、12年か…。

 1994(平成6)年12月4日、名古屋市総合体育館レインボーホール

画像 落札額なんと3億4200万円――。

 興行権を巡って辰吉丈一郎(大阪帝拳)、薬師寺保栄(松田)両陣営が入札に臨む等、試合の遥か前から火花が散り、ご存知の通り試合自体も白熱した。

 入札に勝利したのは薬師寺陣営。

 しかしこれだけの大金が動き、大いなる盛り上がりを見せた世界タイトルマッチでありながら、試合のプログラム(写真左)は実にショボかった。

(表紙を1ページ目と数えて)全10ページという薄さ、辰吉は写真だけが、表紙のを含めて2枚載っているのみという中身…。

 人づてに「いろんな“遺恨”があったらしい」ということをあとで聞き、なるほどと思いつつもファンとしては空しい気分を味わった記憶もよみがえる。ついでに、一緒に観に行ったアノ人(いまどうしてんだろ)のことも・・・。

 で、試合の経過と結果は、辰吉贔屓だった自分には非常にショッキングなものだった。

 少なくとも辰吉からすれば、負けることはもちろん“いい試合”にすらならずに圧倒する――大方の予想同様にそう思っていたが、初回の一撃で左拳を骨折するなんてアクシデント等々とにかくいろんなものに翻弄されたようだった。なにより、薬師寺の出来もよろしかった。

画像 時間が経って俯瞰してみると、辰吉も“勝ち運”があったようであまりなかったボクサーだと感じる。

 ラスベガスで2戦した後、ダニエル・サラゴサ(メキシコ)の保持していたWBCジュニア・フェザー級王座に2度挑むも連敗。もがきつつ、薬師寺戦からおよそ3年後にシリモンコンを沈めはしたけれど、もっとスマートに闘える選手だった。

 ちなみにボクシング・マガジン、ワールド・ボクシングもそうだが、Numberもこの試合の前に特集号(写真右)を出している。上記の専門2誌は試合速報の増刊も出した。スポーツ系以外の媒体でもけっこう取り上げられていた。

 決してメジャースポーツとはいえなかったが、この当時はまだボクシングが特集される余地があったんだ。当時は、まだ…。

 そんな時代もあったねと・・・嘆く日が来て久しい(苦笑)。でも嘆いてばかりいたくない。メガファイトを特集する号、とかなんとか、また出したいなァ。

[井]

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コメント(2件)

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ナンバーの表紙がボクシングなんてありえんな。
bpp
2006/12/19 17:58
>bppさん

ありえたんですよ、このころまでは。
ウチも企画出すのが10年遅かったですかね…w
Inoue
2006/12/19 22:34

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