![]() vol.20 ビデオ観戦編 〜吉野弘幸vs.金山俊治〜 (2001年2月12日/後楽園ホール) 「プロですから、あとで倒し返せばいいかと…」 おいおい。あなたはこれを「プロですから」で片づけてしまえるんですか。思わず、そんなふうに突っ込んでしまいたくなるような「あり得ない」試合展開だった。 いまから6年前、2001年2月12日。チャンピオンカーニバルの目玉カード、日本スーパー・ウェルター級タイトルマッチ。 王者・吉野弘幸(野口)は、指名挑戦者・金山俊治(ヨネクラ=現在のクレイジー・キム)の挑戦を受けた。この時期、ライブ行きまくり生活の中で、ボクシング観戦から心が離れていた私は恥ずかしながら当日深夜の中継を録画し損じていた。後日、報道を見て己の見識のなさを大いに恥じたわけだが、周囲にこの試合の映像を所有している者がおらず、悔しい思いをしていた。まあ、自業自得なのだが。 そして今回、ようやく映像の入手を果たしたので、こうして久々に原稿など書かせてもらっているわけだ。 話を元に戻すと・・・ 最終10ラウンドまでのスコアは、三者三様。奪ったダウンは吉野3、金山1。打ちつ打たれつの展開の末の劇的なKO決着…。 そうなのか、これ? 序盤…特に初回は、明らかに金山圧勝の流れだった。的確に標的を捉える挑戦者の右に対して、チャンピオンの左は空を切る場面が目立つ。時折放つ脇腹への左フックは、コツコツと標的をとらえてはいたが…。途中、ラウンド終盤に吉野のあの左フックを決められても、インターバル明けには息を吹き返す挑戦者には若さの利を感じさせられた。 王者を応援する身には、試合の進行とともに絶望が募って行く展開に感じられてならない。その印象は3ラウンドと7ラウンドに吉野がダウンを奪ったときですら、変わらなかった。 ポイント上はシーソーゲームでも、大きな流れは明らかに“世代交代”への展開になっているじゃないか――。 しかも、である。このとき33歳のチャンピオンは、16年に渡るプロキャリアで満身創痍といってもおかしくない状態。命綱の左強打も階級を上げたことと、大きくなったグローブ(ウェルター級王者時代は8オンス=約224グラム、このときは10オンス=約283.5グラム)で決定力は目減りしている。ウェルター級時代なら「これが当たれば」は「アリ」だったが…。 逆に金山は、現在の風格すら感じさせる戦いぶりこそないものの、スピード、勢いはこのときの方が明らかにある。8ラウンド終了時点で、「何でこの展開で吉野が勝てたのか」という疑念は振り払えないままだった。 それが9ラウンド、吉野が猛ダッシュとともに奪ったプッシュ気味のダウンから空気がガラリと変わる。そして、最終10ラウンドの鮮やかに顎を捉えた左フックで試合は劇的なクライマックスを迎える。 あり得ないだろう? これ。 何かが憑(つ)いているとしか思えない。「プロだから」で片づけていいのか? マーク堀越vs.高橋ナオト戦ですら、ここまで「理不尽」ではないような気がする。その混乱は、インタビューで冷静に試合を振り返る吉野を見て、ますます深まった。 「パンチ力」 「キャリア」 「技術」 「精神力」…… それだけでは到底、説明しきれないこの試合に関しては、いずれ本人に聞いてみたい。 つづく ※イラスト:ajidan Illustration by ajidan ▽バックナンバー vol.14以前 vol.15(池原繁尊インタビューその1) vol.16(池原繁尊インタビューその2) vol.17(池原繁尊インタビューその3) vol.18 WPB III」観戦! vol.19「ボクシングGP 2007」 によせて ■鈴木成章(すずき・せいしょう) 1971(昭和46)年生まれ、愛知県出身。基本は都内某社に勤めるサラリーマン。ボクシング観戦と外盤屋でのレコード漁りが、本業に著しく支障をきたしている30代・独身。使うあてもないのに、ボクシンググローブを買ってしまう、自称「文科系マニア」。 あしたのボクシング (No.2)
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