連載:鈴木成章の“なんとなくマニアック” vol.15 [池原繁尊インタビュー]その1

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《文科系ボクシングマニア・ライフワークの記》

 お久しぶりです、鈴木です。他のコーナーにならってこんどからこちらに登場いたします。引き続きよろしくお願いいたします m(_ _)m

 再開一発目は、ライトフライ級のホープ、池原繁尊!

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(※編集部註)おおいに申し遅れましてすみません。第1回の瀬端氏の「つづき=完結編扱い」は、発売中の『ボクサー亀田興毅の世界』に掲載されております。


vol.15 “特濃ボク汁”インタビュー
[第2回:池原繁尊]
その1
横浜光/日本ライトフライ級7位)



 約束の時間ちょうどに待ち合わせ場所に現れた青年は、こちらの姿を確認すると柔和な笑みを浮かべ近づいてきた。会釈を返しつつ、問いかけた。

−−試合、決まった?

「5月にタイの選手と決まりました」

 昨年12月17日の橘五朗戦以来だから、5カ月ぶりだ。ずいぶん間隔が空いて、焦れたんじゃないだろうか。

「いえ、前回ちょっとコンディションがよくなくって。だから、しっかり調整できる分、よかったと思います」

 右眉下にわずかに傷跡が残る、彫りの深い端整な顔立ち。南国生まれかと思いきや、さにあらず。ピューマ渡久地仲里繁といった、南国の豪腕たちを想起させるのだが…。

「両親が沖縄の人なんですよ。でも、ぼくはこっち(神奈川県川崎市)で生まれて育ちました。沖縄はおじいちゃん、おばあちゃんがいるので、年に1度行くくらいかな」

画像 池原繁尊(いけはら・しげたか)、1981年12月生まれの24歳。横浜光ジム所属のプロボクサー。2004年に全日本新人王を獲得し、現在、日本ライトフライ級7位に位置するホープ。辰吉丈一郎に憧れて、ボクサーを志した。

「小学校のときに、テレビで辰吉さんの試合を観て『すげえな、かっこいいな』って思ったんですよ。試合もそうだし、発言も。真似しようとは思いませんけど(笑)。それで、『俺もボクサーになりたい』って言ったら親に『どうせ長続きしないんだから…』って言われて。養ってもらっている身だったし、そのときは反論もできなくて…。

 だから、中学校まではずっとサッカーをやっていました。ポジションはフォワードかハーフ。やっぱり守備は好きじゃなかったんですね。攻撃的なのがよかった(笑)。でも、ボクサーになりたいっていう思いは頭の片隅にずっとあったんですよ」


 建築現場で働きながら、20歳の誕生日を前にボクサーになることを決めた。当初、入門を志したのは大阪帝拳ジムだった。

「辰吉さんがいるジムでしょう? だからです。でも大阪は遠いし、そういうことにこだわるより、ボクサーになることが第一だと思ったんで考え直したんです。ただ、大手のジムに行こうとは思っていました。体制がしっかりしているし、勝ち上がっていくとマネージメントがちゃんとしているところの方がいいだろうと思って。それで調べたら、自宅の近くに横浜光ジムがあることを知ったんです。

 世界チャンピオン(元WBAスーパーフェザー級&ライト級チャンピオン・畑山隆則、現WBAミニマム級チャンピオン・新井田豊)も出ているし、家から歩いて30分の距離にそういうところがあるのなら、そこに行こうと。はい、会長も社長(宮川和則オーナー)もよくしてくれるし、ここに来てよかったと思っています。

 ジムに通い始めたことは、親にも友だちにも言わなかったんです。通い始めて1カ月以上たってから『実は…』って話したんです。今では家族も友だちも、試合の度に応援に来てくれるんで感謝しています」


 池原は現在、朝9時半から夕方5時半までテレフォン・アポインターとして働く日々を送っている。自宅、職場、ジム、自宅というサイクルの平日と、ジム近くの公園を走り込んでからジムワークに打ち込む土曜日。一週間の疲れを癒やす日曜日。そんな1週間だという。

「建築現場で鳶(とび)をやっていたときは忙しくて、週に4回くらいしかジムに行けなかったんですよ。朝も走る時間がないし。それで、バイトに切り替えてボクシングに打ち込めるようにしました。

 朝は6時半に起きてロードワーク。距離にしたら7〜8キロですね。メニューは日によって変えています。イーブンペースで走るときもあればダッシュを混ぜてみたり、歩道橋の階段を駆け上がってみたりといった具合です。スパーリングがある日は疲れをためないように、ダッシュは控えたりします。

 仕事が終わってジムに行くのが大体6時くらい。ロープを2ラウンズ飛んでから、シャドーを4ラウンズ。それからミットが6〜7、バッグ打ちは少なめで、ディフェンス中心のマスボクシングが6、という具合です。必要に応じてシャドーで復習したり、試合前じゃなくてもスパーをしたりする日もあります」


 よく“マジスパー”や“ガチスパー”という言葉を聞くことがあると思う。日本のジムで行われるスパーリングでは、実戦さながらの火の出るような打ち合いが展開されることも珍しくない。

 たとえば、かつてのヨネクラジムでは大橋秀行(元WBA&WBCミニマム級王者)と中島俊一(元日本スーパーフライ級チャンピオン)が“カネの取れるスパー”を当たり前のように繰り広げていた時期があったときく。

「メキシカンがやっているような、マスボクシングの延長みたいなのとは少し違うかも知れませんね。特に前は、本気モードでやることが多かったと思います。ただ、今はいわゆる『ガチ』っていうのとは違うかな。課題を決めて、動きを意識しながらやっています。キャリアとともに、そうなっていったんですけどね」

 池原は、ミットやマスボクシングに重点を置いている一方で、サンドバッグ打ちのウェイトが低い。

「サンドバッグは変な癖がついてしまう恐れがあると思っているんです。どうしても音とか感触に気持ちを奪われてしまいがちというか…。大切なのはしっかりパンチを当てることですよね。

 でもバッグって、つい押し気味に打ってしまったりして、それでフォームやバランスを崩してしまう危険もあるんじゃないかなあって思うんです。それよりも、ミットやスパーで生きたパンチを打てるように練習する方が、ぼくには向いている気がします」


 ただ闇雲に練習するのではなく、課題や目的意識を持って取り組むことが、真の力を醸成していく。時にその姿勢が、今の自分にないものへの渇望につながっていくことにもなる。

 池原は昨年8月、ひとりメキシコ修行に出かけた。

「関会長が親しくしている、西出さんという方がメキシコにいるんです。ウチのジムでスパーリングパートナーを呼ぶときなんかにも助けていただいている方で。そこに1カ月、ホームステイみたいな形でお世話になりました。ジムから行けと言われたわけではなく、その逆です。

 試合(9月20日)が近かったので、『終わってからにした方がいいよ』って言われていたんです。でも直前の試合で引き分けて、心に何かモヤモヤしたものが残ったんですよ。自分のボクシングには、何か大きなものが欠けているんじゃないかって。それを見つけに行こうという意味合いもありました。それで、自費でのメキシコ行きを強行したんです」


 標高約2000メートルの高地に位置する、メキシコ合衆国の首都・メキシコシティ。空気の薄い、この国のボクサーたちは、普段から高地トレーニングをやっているようなものだと言える。だからメキシカンにはスタミナ、手数とも旺盛な選手が多い。試合前になると、さらに高地でトレーニングを積む選手も少なくない。ボクシング大国の底の厚さとを垣間見るような話だ。ただし、慣れていない者にとってそれは、時に高山病の原因にもなりかねない。

「本当に薄いんですよ、空気が。初日から張り切ってロードワークしたんですけど、1キロも走ったら頭が痛くなってきて(笑)。慣れるまでに1週間くらいかかりました。

 練習は市営の体育館みたいなところでやっていました。あっちのボクシングジムって、公営の体育館の中にあることが多いんですよ。だからトレーナーも市の職員だったりする。時間が来ると彼らが用具を出してきて、終わると片づけるという感じで。でも、その中のひとりは、結構有名な人みたいでしたよ。世界チャンピオンを育てた人だって聞きました。チャンピオンの名前は忘れちゃいましたけど(笑)。

 で、毎日6ラウンズのスパーです。相手はアマチュアのバンタム級の選手だったんですけど、強いっていうか上手かったですね。『これでまだデビュー前なの?』っていう印象でした。

 メキシコでは、日本みたいにいきなりプロになるっていうことはほとんどないみたいですね。アマでキャリアを積んでから、ようやくプロに入るのが普通らしくて、ぼくの相手も10代の子でしたけど、子供のころからやっているって聞きました。

 長くやってるだけあって、本当に巧かった。体は柔らかいし、パンチの出所は多彩だし、ガードしていても、空いてるところにどんどんパンチを入れてくるんですよ。はじめは面食らって、夢中でパンチを出したところにもらう悪循環になりましたけど、次の日からは慣れました」


 試合が2週間後に迫った9月上旬、池原はメキシコを後にし、帰国の途についた。現地でリミットまで2キロを切るところまで体重を絞って…。果たして彼は、そこで何をつかんだのだろうか。そして、彼がボクシング王国を訪れる日は来るのか。

「いろいろ得るものはありましたけど、メキシコにはまた行きたいとは思ってないんです。メキシコに限らず、海外修行への強い願望はなくなりました。結局、1カ月あそこで過ごして気づいたのは、日本でやっている、いつもの練習の大切さだったんですよ。とにかく海外でやればいいとか、そういうことではないと思いました。

 ただ、習慣の違いは面白かったですよ。向こうはみんな、午前中に練習するんですよ。朝走って、午前中にジムワークして。それで3時か4時にはもう晩メシ。でも寝る時間は日本と変わらなくて…彼らは夜食を食べるみたいですね。だから結構、太った人が多いんですよ。『こいつホントにボクサー?』って思うようなのが多いんです(笑)。で、試合が決まるとまずは夜食をやめるんです。それだけで相当、ウェイトが落ちるって言っていました」


 ・・・つづく


■鈴木成章(すずき・せいしょう)
1971(昭和46)年生まれ、愛知県出身。基本は都内某社に勤めるサラリーマン。ボクシング観戦と外盤屋でのレコード漁りが、本業に著しく支障をきたしている30代・独身。使うあてもないのに、ボクシンググローブを買ってしまう、自称「文科系マニア」。




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