酔いどれ前のひとりごと vol.89 重箱のスミ~2006年12月号

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vol.89 重箱のスミ~2006年12月号


★ボクシング・マガジン

画像○長谷川穂積V3
 言いだしっぺは誰なのか、彼は「日本のエース」といわれる。品行方正で正々堂々としていてケレンミがない。ボクシングがそうだから人品も、たぶんそうなんだ。悪く言えば毒がない。けれど悪くは言えない。結果を残しているし卑しさがないから。なにより彼の発言は謙虚で高貴、これは日本の歴代世界チャンピオンを見渡しても一番だと思う。そのセリフにファンや関係者は惹かれる。

 彼はボクシングより言葉のほうが魅力的で、と言えば、そんなことはない、ボクシングだって、あのウィラポンを一撃で倒したシーンがあるぞ、今回だってダウンも獲ったし、世界レベルの選手を倒してきているじゃないか、だいたい彼のテクニックはそんじょそこらのもんとはわけがちがうぞと、多くの人が言うはずだ。

 そうだ、そうです、その通り。だけど、ならばなぜ、今回てこずったか? 最終回、彼らしくもないダンスまで出たりして…。

「勝因はスピードとタイミング」と記事にはあるが、おれに言わせりゃ、スピードが足りないからこんな試合になっただけだ。相手がタフだった頑張ったという論調もあるけど、「エース」ならこのあたりでモタモタしてほしくない。

 勘ぐればウィラポンを倒した一発、あれはボクシングがパワーではなくスピードとタイミングであることの一つの証左に過ぎないのに、クリーンなKOシーンをあまり見たことがない人が大騒ぎして、それに応えんがために知らず知らず欲をかいてカウンター狙い、といういわばウィラポン呪縛になっていたんじゃないだろか。

 もっともっとスピードアップして、試合をコントロールしてもらいたい。なにも無理して倒さなくていい。その動きこそを見ていたいとファンが思う、彼はそういう選手じゃないか。

 このごろなぜか彼のボクシングを薬師寺保栄と比べるようになっている。で、現時点ではパンチのキレでまだ彼には及ばないと考える。もうひとつ、おかしなものだが、矢尾板貞雄という、実際には知らない昔のボクサーだけれど、なんでだろう、彼は矢尾板という伝説のボクサーの衣鉢を継ぐかもしれないと空想することがある。

 レベルアップした長谷川をオールドファンが見て《ああ矢尾板に似てるなあ、だけど矢尾板よりスピードがあるし打ち合いもするし上手いなあ》などと大向こうで語らう日が来るような・・・こういう比較は当人には失礼だろうが、おれン中では彼は今、そういう段階にいる。

○海外ファイトレポート
 バービック殺され、デュラン殿堂入り、か。


★ボクシング・ワールド

画像○ジョー小泉の東洋から世界へ
 論理には出発点があり、それが異なると結論も違ってくる——と、ベストセラー『国家の品格』は言う。流行語大賞だってね。

 実像の遠近の差異については、わかったようなわからんような感じ。近実像を玄人、遠実像を素人にそれぞれ置き換えて読んでみた。

○読者の指定席
 以前のテレビのように控え室の様子やボクサーのドキュメントを、という声があった。生放送しなくなって編集されたものを見ざるをえなくなってしまったから、もう昔のような構成はとびきりの人気ボクサーでない限り、ないだろうなあ。

 なにより、作り手の側にボクシング好きがあんまりいないんだと思う。だから、せっかく元世界王者の面々を解説に迎えても、放送規制はあるんだろけど、つまんねえ発言しか出てこない。

 ゴング前にリング中央でレフェリーから注意を聞いているとき、“てめえ、この野郎!”とか、そんなやりとりはないのかとか、インターバルではどんなことを言われるのかとか、ファイトマネーはいくらで実際の取り分はどれくらいとか、そういうことを聞きもしない、言いもしない。

 ほんとはさ、ルールや採点基準なんかどうだっていいんだ、ウラを見たいんだよ。控え室ひとつ映すんでもさ、たーだ、扉の前でアナがおおげさに声をひそめてるんじゃなくて、たとえばリングサイドから花道を逆行して控え室へアナが降りていく・・・その薄暗い階段、踊り場をずっと映して、このときアナは「出番を待つ選手はここでシャドーしたり最後のミット打ちをしたりします」などと言葉を添える。

 そして時間になって陣営が控え室を出る。そのときもテレビはいつも前から映すけれど、うしろにもカメラを持っていって花道をゆく陣営を後ろから捉える。そうすれば視聴者は選手の視線に近づくことができる。

 てなこと言っても、テレビでまともにやってくれないから、ボクシングは年々アングラ化がすすむんだ。

 言い忘れ、ひとつ。

 判定問題で《観戦のときはペンを持って各ラウンド採点しよう》なんてこと、いつかどっかにあったけど、食事のときに栄養だのカロリーだの確かめて食うようなこと言ってるようなもんで、うまいものもまずくなって、しまいにそんな食事ならいらないとなる。ボクシング観戦の要諦は、腹を空かせて、ただ食う、それだけ。


 もうひとつ、故あって“重箱のスミ”を突っつくのはこれを最後にする、と宣言しときます。

 本年はこれにて。みなさまよいお年を!


▽バックナンバー
vol.88 重箱のスミ~2006年11月号
vol.87 アウトがセーフ
vol.86 重箱のスミ~2006年10月号
vol.85 ラウンドガールは飯島愛
vol.84 重箱のスミ~2006年9月号
vol.83 夢の始まりは…
vol.82 重箱のスミ~2006年8月号
vol.81 拳聖ふたたび
vol.80 重箱のスミ~2006年7月号
vol.79 重箱のスミ~2006年6月号
vol.78 重箱のスミ~2006年5月号
vol.77 重箱のスミ~2006年4月号
vol.76 重箱のスミ~2006年3月号
vol.75 悪いのはだれだ? おれだ…
vol.74 オサム会長はおっきいのがお好き
vol.73 重箱のスミ~2006年2月号
vol.72以前 夜明け前,カメダ・ワールド,重箱のスミ~2006年1月号,逆転の貴公子,ほんの少しの恐怖,ジャブを出せ,ガッツ石松 vs ロベルト・デュラン~もちろん架空~エキジビション,最強という名の幻想,年間最高試合について,これぞ伝説,アリ、フレージャー、そしてフォアマン,だけどファイティング原田は好きだった,なんとなく空想対決[G.フォアマン vs B.サップ],拳聖....etc.


■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。



超不定期だけど専門誌なのさ

あしたのボクシング (No.2)

この記事へのコメント

C級ボクサー
2006年12月12日 19:06
「矢尾板さんと長谷川選手の相似」

自分もまったく同じことを感じました。オールドファンじゃないけど(笑)。

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