酔いどれ前のひとりごと vol.90 ロッカールーム

画像


vol.90 ロッカールーム


 ラスト10秒、右フックがテンプルをクリーンヒット。がくり、膝が折れて、すわッ、ダウンかと場内が沸く、が、倒れない。守るにいっぱいだったが追撃打は許さなかった。苦しい苦しい4ラウンズ。

 判定は三者とも35-40、完敗。戦績はこれで2戦2敗。

 いっぽうの勝者はデビュー戦を白星で飾った。控え室に戻ってからも白地に金色のベルトラインのトランクスは誇らしげに、友人知人の祝福をうけていた。

 おめでとう、頑張ったね、おめでとう、おめでとう、頑張った、頑張った。言葉が、気持が、控え室前の廊下で飛び跳ねる。

 勝者は「もうちょっとだったんですけどね」と来客に応えて、おれは廊下の長椅子にすわったまま、そのセリフを二度聞いた。

画像 たしかにもうちょっとだった。あと一発、当たらなくても、それによって相手の態勢が崩れたら、残りが1秒だろうがなんだろうが、レフェリーは割って入って試合を止めただろう。

 敗者側の会長のご厚意で控え室まで覗かせてもらった。自然、そこの選手を応援する気持があって、だから、もうちょっとだったという声を聞くうちに、よくぞ倒れずに頑張ったと敗者に言いたくなった。

 帰り支度の彼に、それから会長にも礼をと、控え室に入ったが、会長はすでに帰ったあとで、そうして彼には、その背中へ言葉をかけられず、おれは部屋を出てしまった。後楽園ホールはまだまだ喧騒の中だった。

 白山通りを歩いて神保町へ向う。

 倒れずに頑張ったと、なぜ言えなかったのか。言ったら言ったで軽々しく口にしたことを悔いたかもしれない。だけどやっぱりなぜ言えなかったのか。うじうじしながら、明日から師走という暖かな晩、書泉ブックマートで古いボクシングビデオを2本買った。


▽バックナンバー
vol.89 重箱のスミ~2006年12月号
vol.88 重箱のスミ~2006年11月号
vol.87 アウトがセーフ
vol.86 重箱のスミ~2006年10月号
vol.85 ラウンドガールは飯島愛
vol.84 重箱のスミ~2006年9月号
vol.83 夢の始まりは…
vol.82 重箱のスミ~2006年8月号
vol.81 拳聖ふたたび
vol.80 重箱のスミ~2006年7月号
vol.79 重箱のスミ~2006年6月号
vol.78 重箱のスミ~2006年5月号
vol.77 重箱のスミ~2006年4月号
vol.76 重箱のスミ~2006年3月号
vol.75 悪いのはだれだ? おれだ…
vol.74 オサム会長はおっきいのがお好き
vol.73 重箱のスミ~2006年2月号
vol.72以前 夜明け前,カメダ・ワールド,重箱のスミ~2006年1月号,逆転の貴公子,ほんの少しの恐怖,ジャブを出せ,ガッツ石松 vs ロベルト・デュラン~もちろん架空~エキジビション,最強という名の幻想,年間最高試合について,これぞ伝説,アリ、フレージャー、そしてフォアマン,だけどファイティング原田は好きだった,なんとなく空想対決[G.フォアマン vs B.サップ],拳聖....etc.


■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。



あしたのボクシング (No.2)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック