酔いどれ前のひとりごと vol.91 運の悪い男

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vol.91 運の悪い男


 そんなことはないんだが、パンチを振るうたび、エネルギーが大きすぎて、その軸足の踵にキャンバスが巻きついてくるんじゃないか、挑戦者ジョン・ムガビの一打一打は、それほどの迫力があった。

 WOWOWもケータイもインターネットもまだ登場していない1986年3月10日、ネバダ州ラスベガスでの世界ミドル級タイトルマッチ。

 王者マービン・ハグラーが残した拳譜、ラスト3番のうちの2番目。

 その1番は1985年4月15日のトーマス・ハーンズ戦。これはいわゆるスーパーファイトで、不遇な王者がようやく辿り着いた大舞台だった。その第1ラウンドは誉れ高く、ハグラーのベストラウンドと思う。

 あれから22年近く経過した。時間が経つほどに浮かんでくるのは、凄絶をきわめた打ち合いもさることながら、開始ゴングでまっすぐに進みでた、あのハグラーの姿だ。

 カタキ討ち。なーんて今じゃ死語だが、ハグラーがもろもろすべてをかなぐりすてて、パンツいっちょうで挑んだ勝負って感じだった。もちろんハーンズばかりがカタキってわけじゃない。

 当時、ボクシング・マガジン誌は「ハーンズのKO勝ち」をきっぱりと予想した。外れはしたけれど、試合への関心が高まり良かった。

 テレビ東京の録画放送も三原正をゲストに迎えて長々と話をしているから、ああこれは早いラウンドで決着がついたんだな…どっちが勝ったんだろ、どっちが倒れたんだろ。ハーンズが勝ったのか? ハグラーが倒れたのか? それは見たくないなあと思いがめぐった。

画像 その3番=ラストファイトは、1987年4月6日のシュガー・レイ・レナード戦。これまたスーパーファイトで、ファイトマネーは20億だか30億だか、空前の額だった。

 ハグラーは判定をおとし、再戦を待ったが叶わず、リングをおりた。この試合は12回戦制やリング仕様など、レナード側の要求をハグラー側が無条件でのんで行われた。マットやロープの張り具合も“レナード用”になっていたと思う。

 よくいえば細やか、悪くいえば小ずるいレナード側の駆け引きの勝利で・・・だがハグラーに勝つには申し合わせや戦法でああいうふうにするしかなかった、とも考える。ああいうふうとは、ルールを最大限有効に使い、リングでは決定打を許さずスピードを利して、見映えよくポイントアウトするということ。

 だからレナードは“勝ち逃げ”し、再戦には応じなかった。後世のファンや評者は「パウンド・フォー・パウンド」でハグラーの上にレナードをおくだろうか。

 で、戻って2番目。

 26戦全勝全KOの挑戦者がとんでもない猛者だと知れるに手間はかからなかった。ハグラー相手に、たいていはじきに後退を余儀なくされるものだが、この挑戦者だけは一歩も引かず、王者に対峙し、堂堂の打ち合いを演じた。いきおい、試合は果し合いの様相を呈した。

 どうなるんだろう? ハグラーが勝つんだろうけど、だけどやっぱりどうなるんだろう? ハグラーだって人間だ、サイボーグじゃない。もしや、ハグラー瞬時のためらいにムガビのパンチが急所に炸裂しはすまいか・・・。

 危機に瀕した王者に襲いかかるは、名うてのハードヒッター。どうするハグラー? どうなるハグラー? その表情はどこかウツロ、と、そんな幻が走る。壊れるはずのないものが壊れるかもしれないという、ささやかな不安を抱きながら、ムガビがついに力尽きてマットに落ちるまで、11ラウンズを見続けた。

 勝って喜ぶハグラーの顔はいつになく腫れていたが、それは苦戦を物語るものではない。全身全霊で向ってくる相手に、こちらも小細工なしの全身全霊で応じたハグラーの、高い志、決意を示すものだった。

 あの日あの時のジョン・ムガビに真正面から立ち向かって勝てるボクサーは、ハグラーを措いて他にいなかったはずだ。あの日以降、今日までも。

 誰にも必ず訪れるとは限らない絶頂、その一瞬が巡ってきたボクサーを相手にしなければならなかったマービン・ハグラー、なんと運の悪い男か・・・などと、思い起こせば気持が高まる。

 さきの2つのスーパーファイトに挟まれたムガビ戦は、数あるハグラーのファイトの中でも屈指のものであり、ハグラーがどういうボクサーであるか如実に伝えていて、これをベストバウトに推してもおかしくない、見応えのある試合だった。

 ムガビにしても後に一つ下のクラスで世界王者になるけれど、なによりこの試合で名を残した。

 ただ、2つのスーパーファイトが今後とも文や映像で再現の機会があるだろうに、この試合は割愛されたり端折られたりして、いつか消えてしまうのではないかと思い、これを書いた。

 まだ何か書きたりない気がしているのも名勝負の名勝負たる理由だろう。


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■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。



あしたのボクシング (No.2)

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