酔いどれ前のひとりごと vol.92 それぞれの落日

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vol.92 それぞれの落日


 昭和45年12月11日、柴田国明がビセンテ・サルディバルをやぶりWBC世界フェザー級チャンピオンになった。海外でのKO奪取の快挙は5人目の、現役世界王者の誕生でもあった。明けて46年7月29日、小林弘がアルフレド・マルカノに逆転KOでWBA世界ジュニア・ライト級王座から陥落するまでの8カ月あまりが、5人の世界王者をかかえた、日本ボクシング黄金時代といわれる。

 柴田殊勲のわずか8日前、昭和45年12月3日、小林弘西城正三の世界チャンピオン同士が拳を交えるという、国内では空前の試合があった。僕はこの試合を茶の間で親父と見ていた。勝者小林がコールされたとき、「引き分けだ」と無口な親父が悔しそうに言ったのを覚えているにすぎない。

 過日、小林弘会長のジムへうかがう道すがら、この試合を日本ボクシング豊饒の、そのてっぺんあたりにすえて、そこから始めてみたらと、いったい何を始めるのか、実は分かっていないくせに、そこから眺めて、始めてみたらと、繰り返していた。

 この《小林vs.西城》戦は、すでにボクシングに斜陽を感じていたか己の勢いを駆ってか分からないけれど、西城側の協栄・金平正紀会長が話を持ちかけて、小林側の中村信一会長が二つ返事で受けた――ということらしい。

「向こう(協栄サイド)はよほど自信があったんだろうね」と小林弘会長は笑う。

 あれから37年、綾小路きみまろ風に言えば、べつに綾小路きみまろ風に言わなくたっていいんだが、時代は変わった、変わったのです。

 ボクシングは素人には難解な採点競技の色合いが濃くなった。それが世界の流れですなんて、しゃあしゃあと言う専門家。じゃ、ボクシングはどんどんつまらなくなるんだねと、口にすれば理屈に攻められるから、何も言わずに背を向けて人は立ち去っていく。ボクシングは、いや、ボクシングもまた、競技者と関係者と大衆とが作り上げる世界だということが、薄々感づいてはいたものの、どーすんべ、去る者は追わずでよかんべか。

 力道山が悪玉外人レスラーに空手チョップを見舞い、美空ひばりが人生一路を歌いあげ、長嶋茂雄がここぞという場面で躍動し、王貞治がホームランを量産し、横綱大鵬は優勝回数を積みあげ、古今亭志ん生が火焔太鼓で笑いをとり、広沢虎造が森の石松をうなって、海の向こうからはビートルズの歌声、そして怪獣をやっつけたウルトラマンがシュワッチと言って光の国へ帰っていく日曜日。時間のあっちこっち、列挙の気まぐれは、ほろ酔いで覗く遠眼鏡のせいと、ご容赦あれ。

 1月にファイティング原田と海老原博幸は引退したけれども、その残照が人々にあっただろう昭和45年は1970年で、大阪万博の年だった。三島由紀夫は死んだが、小林弘、西城正三、大場政夫、沼田義明、柴田国明の揃い踏みで掉尾(とうび)を飾った。5人の名だたる王者の内訳はフライ級が1人、フェザー級2人、ジュニア・ライト級2人で、これらもまた調べればわかることだが、面妖(めんよう)にも、当時のほうが日本の世界王者の体格は総じて大きかった。

 数年後に出現する具志堅用高という分水嶺を知ってはいても、当時のリングに、なんだろ、想像をかきたてる、切迫した、ゆえに堂堂とした空気を感じる。小林弘さん西城正三さん沼田義明さんそれぞれにお会いして話をうかがって、なおその感を強くした。

 なに言ってやがる、年寄りの懐古趣味だ、ボクサーの気概に昔も今もあるもんか。

 気のせいかしらんと声のしたほうを振り返れば、夕景迫って、日は昇っては沈んでいきました、とさ。


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■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。


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