酔いどれ前のひとりごと vol.99 日本最高試合その2

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vol.99 日本最高試合 その2


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 通説では、1965(昭和40)年5月にファイティング原田がエデル・ジョフレをくだして世界バンタム級を制した試合が1番ということになっている。

 えっ、そうなのっていう人もいるだろうが、実は僕もその試合が1番という説に自信がない。どっかでそんな記事を見たような気がしていて、じゃ、誰がいつどこで書いた言ったと問われても、あらためて資料あさりをして確証を得るまでの気力がないし、収集した資料も今はたいがいがなくなった。

 けれども、ま、ファイティング原田という名前と、あのジョフレに土をつけたという実績と、のちの殿堂入りという名誉と、日本人の誇りってのもあるか、その他もろもろ考えあわせれば、この試合が日本リング高峰の一つであると言っておけば無難なんだけどさ。

 初めに「原田vs.ジョフレ」戦を出したってことは、ははーん、これは日本最高試合ではないんだなと、もちろん決めるのは僕で、僕の独断をこれから言うだけだけれど、ついでに、独断と偏見とペアで使いがちだが、独断か偏見、どっちか一つでいいはず。

 察しのいい方はすでに察しられて、そう、「原田vs.ジョフレ」戦は、山はあるが、わりあい平板な試合で、僕の中では1番ではなくて、まあ、1番でもいいけれど、だったらべつにわざわざ書く必要はないもんね。

 専門家や識者の卓見の中から自分に都合のいいものを定見にしておけば安心安全で、けどさ、そういう受け売りみたいなのって、つまんないじゃん。寄らば大樹の、長いものにはマカロニだし、わかりきったことをもったいぶってるみたいだし。

 たとえば、「ルーベン・オリバレスvs.金沢和良」戦という、これも伝説の一戦だけれど、ガッツ石松やビートたけし、それにいつぞやお世話になった安部譲二氏といった著名でボクシング通の人が最高の試合だと褒めていて、いたいけな少年だった僕もテレビ桟敷で見ていた。

 後年ビデオ化されて今もDVDにうつして持っている。終盤の金沢の戦いぶりは見る者の情感をびんびんに刺激して、14ラウンドで敗れたにもかかわらず、結果、年間最高試合に選ばれた。が、しかし、この試合は終ってみれば強烈な印象を残したが、12ラウンドまではとかくいうほどの試合ではなかったと、とりあえず僕は断じておく。

 たとえば、大場政夫という忘れがたいボクサーがいる。世界王者のまま事故死してしまったが、とりわけ彼のラスト2試合は逆転KO勝ちで、いずれも年間最高試合になった。

 けれども不用意に大振りの一撃を食らい、そのパンチが急所を打ち抜くほどでなかったために彼は命拾いし、反撃に転じて劇的な勝利を得たと、僕は相手ボクサーに不足を感じる。

 それより前の、ベツリオ・ゴンザレス戦では大場はなかなかパンチが打てず、リングサイドの石原慎太郎がなぜ大場は手を出さないんだと不満をもらしていたことを覚えている。大場政夫は向う意気は強いが正統派の地味なボクサーで、それが大成途上で油断があったかどうか知らないが、オルランド・アモレス、チャチャイ・チオノイという嵐に出遭って針路が曲げられてしまい、未完にして未知数のまま逝ってしまったというのが僕の印象だ。

 たとえば輪島功一具志堅用高という実績に裏打ちされた人気ボクサーがいる。1976(昭和51)年である。

 この年の最高試合は「具志堅vs.ファン・グスマン」戦だった。この試合がもしなければ、最高試合は「輪島vs.柳済斗」の再戦だったろう。両雄それぞれがベストバウトを得た年だった。

 ちなみに、めぐりあわせか、輪島に年間最高試合はなく、具志堅の年間最高試合は以後計5度。攻撃的でスリリングな常勝・具志堅時代だったが、そもそもは「具志堅vs.グスマン」戦が鮮烈で、シドニー五輪でオール1本勝ちをしたときの柔道の井上康生のように、人々はまたああいうものが見たいとずっと期待をしながら見守り続けた、と僕は思う。それほどに「具志堅vs.グスマン」戦は絵柄がよかったのだ。

 絵柄がよいとは、みなぎる緊張感と時間を追うにしたがい構築されてゆく物語性とがあって面白いということで、渡辺二郎も浜田剛史も高橋ナオトも辰吉丈一郎も畑山隆則も徳山昌守も長谷川穂積も内藤大助も、説明は省くが、“最高試合勝負”では「具志堅vs.グスマン」戦に届かない。

 よって、この試合を僕は、準・日本最高試合にした。

・・・もう1回つづく


▽バックナンバー
vol.98 日本最高試合その1
vol.97 たわごと・ざれごと・えそらごと Part 2
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vol.93 辰吉、魅惑の3番勝負
vol.92 それぞれの落日
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vol.72以前 夜明け前,カメダ・ワールド,重箱のスミ~2006年1月号,逆転の貴公子,ほんの少しの恐怖,ジャブを出せ,ガッツ石松 vs ロベルト・デュラン~もちろん架空~エキジビション,最強という名の幻想,年間最高試合について,これぞ伝説,アリ、フレージャー、そしてフォアマン,だけどファイティング原田は好きだった,なんとなく空想対決[G.フォアマン vs B.サップ],拳聖....etc.


■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。


この記事へのコメント

オレオレ
2008年06月11日 08:28
一番はおれだ。

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