世界を制する左を 【酔いどれ前のひとりごと vol.110】

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vol.110 世界を制する左を


 見ていないボクシングのビデオテープが出てきた。

 昨年10月にあったWBA世界フェザー級タイトルマッチ。チャンピオンのクリス・ジョン(インドネシア)に、榎洋之(角海老宝石)が挑んだ試合――判定でチャンピオン10度目の防衛だった。

 この手の試合評は、チャンピオンは強かった、挑戦者も健闘したというお定まりの論調のものが多くて、つまらなく、うんざり。クリス・ジョンがどれほどのボクサーじゃ、たかがクリス・ジョンではないか。

 榎は得意というか、身上の左リードブローがまるで使えない。敗因はこれだけ。出鼻をくじかれたまま、左パンチの威力を大きく損ねたままで12ラウンズを戦った。

 同等かそれ以下の選手が相手のときはスムーズに出る左リードブローが、ちょっと強い相手になるとどうして出なくなってしまうのか。選手でない自分にはわからないが、チャンピオンは強く挑戦者も頑張ったという、ありふれた試合をいつになったら日本ボクシングは解消できるのか。

画像 左は世界を制すという文句は手垢にまみれすぎているが、関係者の腹の中には入っていない。

 左リードブローに本気が入っていない、信念が込められていないと言われても仕方がない。だから近年日本人ボクサーは世界戦で、クラスが上がるほどにほとんど勝てない。

 ハンマーパンチで鳴らした藤猛の、世界挑戦の練習。時のコーチ、エディ・タウンゼントが藤に苦手の左リードブロー(ジャブ)ばかりを教えて、藤はそれに従い、こんなに練習したことはなかったとの思いでリングにあがった。

 そして王座を強奪したが、面白いことにその試合ではあんなに練習にあけくれた左リードブローは出ず、得意の左右フックの乱打でチャンピオンを沈めた。

 だから、だから左リードなんてものは二の次でいいんだ――と、もしも関係者が思うなら、日本ボクシングはいつまでも井の中の蛙パンチの、お山の大将ボクシングを続けて、女神にそっぽを向かれたままだろう。

 左リードをいやになるほど練習したから、藤は得意のパンチを本番でぞんぶんに出せたと見るべきで、ほんらい藤は左リードでボクシングを作ってゆくボクサーではない。

 しかし榎は、左リードが命の姿のいいボクサーであって、だからこそ大舞台のために左リードをこれでもかこれでもかと練習して臨んでほしかった。本人はそこまでの練習をしたのかもしれないが、だったらその片鱗が見えてもよさそうだったが、僕には見えなかった。

 相手を仕留めるパンチなんかわざわざ練習しなくても自然に時間外で自発的に練習するもので、それよりもジムワークの中ではリードブローを星の数ほど繰り出してほしいものだ。決まりきったフルコースの練習メニューにスパーリングを増やしたところで、世界なんか獲れるものか。

 ガッツ石松が世界チャンピオンになったのは、早めのタイミングで出すワンツーパンチの「幻の右」でなく、やはりエディ・タウンゼントによる左リードの教えが骨身に沁みていたからで、そのあと5度の防衛を支えたのも、ナチュラル感のある左リードだったと僕は思っている。


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■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。

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