稀代のボクサー 【酔いどれ前のひとりごと vol.123】

画像


vol.123 稀代のボクサー


 試合当日のコンディションを決定するいちばんの要因は何か、前々から気になっていた。

 試合に負けると、オーバーワークだったとか減量に失敗したとか風邪をひいていたとか拳を痛めたとか、聞くことがある。それらが当日の調子に影響するとしても、リングにあがるほどのボクサーなら、それなりの鍛錬でそれなりに仕上げてきていると考えたい。

 ともかく、ゴングが鳴って出ていったら・・・

 思いのほか体が動く
 パンチが当たる
 スタミナが切れない


 逆に・・・

 体が重い
 パンチが出ない
 あんなに練習したのにバテる


 そういうことは何に起因しているのか。

 相手や客のことを考えすぎて心身のバランスが崩れたり、それらは考えるには考えるがそれよりもべつの何かを見るために心身を高揚させていくような、相反する構造が人体にはあって、時に応じて人それぞれ、崩れや高まりが顔を出す。

 だから、一般にプラスと考えられることを勝負時に出せるように日々練習をする。しかしその練習には本当の敵がいなくて、本番で初めて敵が現れて異様な雰囲気にもなる。そして、さてどうするか・・・ということになってくる。

 もっと単純に、勝因は

 相手が強くなかったから自分の思うようにできた
 練習も積んだけど、敗因は相手が強かったから自分の思うようにできなかった


 練習は積んでも、すべては相手次第。相手との力量の差、相性の良し悪し。勝ち負けについて見るなら、それだけのことじゃないか。

 けれども力量とか相性というのは抽象的ゆえに厄介で、力量の差を計ったり相性を見たりするのはたぶんにメンタルで、これをきちんと解明できる人は専門家でも脳科学者でもまずいない。

 解明できたら、いろんな分野で失敗のない計算通りの常勝の世界ができあがっているはずだから。そもそも、解明できるんだったら勝負はやる前からわかっていることになる。

 と、とりとめのない空想をしていたら、7月2日夜、アレクシス・アルゲリョの訃報が入った。7月1日に拳銃自殺したらしい。

画像 なにがあった
 なぜ死んだ
 死んでしまった
 自ら命を絶ってしまった――


 そんなリフレインが数日間、僕にはあった。死にたかったんだろう。

 こんなことになるんだったら、もっともっとあなたを見て、もっともっとあなたについて語るべきだった、なんて、センチなことしか浮かばない。

 1975年10月12日、WBA世界フェザー級タイトルマッチでアレクシス・アルゲリョは来日し、ロイヤル小林の挑戦をうけた。

 18戦16KO無敗、当たるをさいわい、対戦相手を倒しまくってきたように見えた小林だったが、初めての世界戦であがってしまったのかもしれない。公開練習で王者の強さを目の当たりにしていたからなのかもしれない。

 リングに立って、対峙する王者を見て、見ただけで、世界にはこんな凄い選手がいるのかと思った、というような感想をどこかで漏らしていた。小林の本能のアンテナが強い電波をしっかり捉えていたとの感がして、僕には忘れがたい。

 アレクシス・アルゲリョ、あなたもまた星になってしまった。


▽バックナンバー
vol.122 デュランvs.レナードと、六月の雨
vol.121 オールド・ファッション・ボクシング~11
vol.120 オールド・ファッション・ボクシング~10
vol.119 ごめんね、テリー・ノリス
vol.118 オールド・ファッション・ボクシング~9
vol.117 オールド・ファッション・ボクシング~8
vol.116 オールド・ファッション・ボクシング~7
vol.115 オールド・ファッション・ボクシング~6
vol.114 オールド・ファッション・ボクシング~5
vol.113 オールド・ファッション・ボクシング~4
vol.112 粟生隆寛、1ラウンドKOを命ず
vol.111 オールド・ファッション・ボクシング~3
vol.110 世界を制する左を
vol.109 オールド・ファッション・ボクシング~2
vol.108 オールド・ファッション・ボクシング~1
vol.107 粟生惜敗で思い出す「女神」…つづき
vol.106 粟生で思い出した「女神の機嫌」
vol.105 粟生が逃したチャンス
vol.104 がれき
vol.103 大場政夫の強さについて
vol.102 ずるずる負け
vol.101 たわごと・ざれごと・えそらごと Part 3
vol.100 日本最高試合その3
vol.99 日本最高試合その2
vol.98 日本最高試合その1
vol.97 たわごと・ざれごと・えそらごと Part 2
vol.96 たわごと・ざれごと・えそらごと
vol.95 追放
vol.94 ゴキブリ発言
vol.93 辰吉、魅惑の3番勝負
vol.92 それぞれの落日
vol.91 運の悪い男
vol.90 ロッカールーム
vol.89 重箱のスミ~2006年12月号
vol.88 重箱のスミ~2006年11月号
vol.87 アウトがセーフ
vol.86 重箱のスミ~2006年10月号
vol.85 ラウンドガールは飯島愛
vol.84 重箱のスミ~2006年9月号
vol.83 夢の始まりは…
vol.82 重箱のスミ~2006年8月号
vol.81 拳聖ふたたび
vol.80 重箱のスミ~2006年7月号
vol.79 重箱のスミ~2006年6月号
vol.78 重箱のスミ~2006年5月号
vol.77 重箱のスミ~2006年4月号
vol.76 重箱のスミ~2006年3月号
vol.75 悪いのはだれだ? おれだ…
vol.74 オサム会長はおっきいのがお好き
vol.73 重箱のスミ~2006年2月号
vol.72以前 夜明け前,カメダ・ワールド,重箱のスミ~2006年1月号,逆転の貴公子,ほんの少しの恐怖,ジャブを出せ,ガッツ石松 vs ロベルト・デュラン~もちろん架空~エキジビション,最強という名の幻想,年間最高試合について,これぞ伝説,アリ、フレージャー、そしてフォアマン,だけどファイティング原田は好きだった,なんとなく空想対決[G.フォアマン vs B.サップ],拳聖....etc.


■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック