モハメド・アリ最高試合 【酔いどれ前のひとりごと vol.125】

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vol.125 モハメド・アリ最高試合


 キンシャサの奇跡でもスリラー・イン・マニラでもないよ。クリーブランド・ウィリアムズ戦が最高傑作とは幾度も雑誌で見たけど、あれだってどっかのオーソリティーが言ったことをそのまま踏襲しているだけ。

 1965年5月25日、ソニー・リストンを1Rで返り討ちにした――八百長だの空気パンチだの悪評いっぱいだけど、あれがプロボクサー、モハメド・アリの最高試合だよ。プロボクシング史に残る、これぞボクシングっていう、屈指の、気高い試合だよ。

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」とは吹っかけたもんだが、けど、あの試合はまさに、奴さん、蝶のように舞い、蜂のように刺しやがったもんね。

画像AW Sports 1991 Premier Edition
MUHAMMAD ALI
 蝶ってのはどんなふうに飛んでいるか。

 てふてふひらひら、のどかに舞ってばかりじゃないよなあ。

 急に方向転換して、上下左右、東西南北、緩急自在に動く。その動きの速いことといったら、風に吹き飛ばされる花びらのごとくで、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」というキャッチコピーを知ってからというもの、蝶々を見たらアリを想うようになっちまったし、蝶のように舞うというその蝶はアゲハかなモンシロかななんて考えこんだもんだ。

 あれはアゲハじゃなくてモンシロの類じゃないかと、ようやく落ち着いてきたけんど・・・・。

 蜂のように刺すというその蜂のほうは、蝶ほどに空想がない。あるとき蜜蜂が一匹、おいらの鼻の右のほうの穴に入り込んできて、そこで行き場をなくしてブンブンやっていて、奴も焦ったろうが、おいらもあわてた。ふーんふーんと鼻息を出しても、かえって吹き来る風に向おうとする気配でブンブン唸りをあげてる。

 マジやばいぜ、鼻ん中を刺されちまうのか、それとも鼻を抜けて体ん中へ入られちまうのか、どーすんべ、と、とっさに左の穴を指で押さえて、思い切りピーッとやったら、やっと右穴から出てきて事なきを得た。なことがあったもんだから、蜂はクマでもスズメでもアシナガでもどうでもよくなった。

 総じて徴兵拒否による王座剥奪から復帰してのアリの試合はつまらなかった。ジョー・フレージャーやケン・ノートン、あるいはレオン・スピンクスらとの激戦があっても、それらは相手のほうがくっきりしていて、肝心の主役は影が薄かった。

 さばくのかあしらうつもりだったのか知らないが、アリはダレていた。ダレているように見えた。3年半というブランクが、いちばんの武器である足を奪っていた。蝶のように舞えなくなっていた。

 それでも巨大化しつつあったマスメディアにとって、アリは打ち出の小槌だったから、本人もどっか思うにまかせぬ体を励まして、右手を振って観衆を煽れば、ゼニが動いて明日があるといったふうだった。

 ジョージ・フォアマン戦の勝利は見事ではあったけど…よすべ、理屈は。こねればこねるだけウソっぽくなりそうだ。

 とりあえずモハメド・アリ最高試合はソニー・リストン第2戦に決めたんだよ。だってさ、ボクシングの真髄とボクサーの心意気とがあふれた一戦に見えるんだもん。フィルム見たら、いつだってこんな声が聞こえてきそうだもん。

 いいかい、よーく見てるんだぜ。目の前に壁なんてないんだぜ、壁なんて周りが勝手にこしらえたに過ぎないんだ、自分で勝手に作っちまうだけなんだ、ほんとは壁なんてないんだ、だから、見てろよ、壁なんてないってことをいま見せてやるから。

 ほら、どうだい、おっきな壁だって思ってたものがあっという間になくなったろ、もともと壁なんかじゃなかったんだ、生まれも育ちもカンケーない、たとえ腕力が劣っていたって、好きだったら、前をちゃんと見てたら、こうして応えてくれるんだよ、ボクシングは。


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■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。

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