妄想劇場「日本クルーザー級王座決定戦」 ~くたばれテンポイント #07

 架空実況というか妄想劇の第7回目。放送席だけじゃなくリングでもアクシデントが…いつまでやってんだか、まあまたご一読を―――。

演目:日本クルーザー級王座決定戦10回戦
》》》構成:酔いどれ《《《
時:2011年の盛夏
所:TACテレビのモニター室

登場人物(全部架空・・・いうまでもなく)
さぶろう:ひねもす三郎(作家/69歳)
ますお:あらため益男(編集者/52歳)
ゆうぞう:さかしら勇造(評論家/45歳)
ゆりこ:やまざくら百合子(女優/28歳)
きんじ:かしおり金治(TACアナウンサー/36歳)


#06 ジャッジ不要論

【#07 アクシデント

きんじ それにしても困りました。ひねもすさんが小用に立ってしまいました。

ますお 年寄の小便は長いんですよね、たいして出やしないのに。

きんじ ああ6ラウンドのゴングが鳴ってしまいました。あっと、いきなりの右、宮古です。おっと、なおも行きます、右ぃ、左ぃ、右ぃ、右ぃ、左ぃ、右ぃ、ダウンダウンダウン、田上ダウンです。驚きました、いきなりの連打、いきなりのダウンです。

ますお 勝負をかけたんですかね。

きんじ 堂々と戦って、という、やまざくらさんの声が届いたかのような宮古の攻撃です。カウント・エイトで立ちました田上、どうですか、ダメージのほうは。

ますお ありますよ、ありますけれど、あ、左が入りましたね、浅いですけど。

きんじ 宮古、チャンスです、日本クルーザー級初代王座に手がかかったか、宮古、チャンスです、突然のチャンス、絶対のチャンスです、田上はなんとしてもここをしのぎたい、ああ、クリンチです、田上、クリンチ、ここはなりふり構っていられません、田上、クリンチです、宮古、振りほどこうとしていますが、田上、離しません、レフェリー割って入ろうとしますが、ブレイクです、ブレイクブレイク、ああしかし田上、離しません、宮古に抱きついて、宮古、体を目一杯振ってクリンチをほどこうとして、レフェリー、二人を離そうとしますが、ああああああ、三人がかたまって、ああああああ、危ないぞ危ないぞ、あああああ、うわ、倒れこみました。大きな仏像か墓石がどてんと横倒しになったようです。おっと、レフェリーの鳥田、どうやら二人の下敷きになったようです。伏せったまま動きません。大丈夫でしょうか。すぐに起きあがった宮古が倒れこんだままのレフェリーに声をかけています。田上も一息遅れて起きあがりましたが、あっと、あれは。

ますお コミッションドクターでしょう。

きんじ そうですね。コミッションドクターがリングに入りました。レフェリーの鳥田の様子を、見てるんでしょうが、レフェリー鳥田、立てません、大丈夫でしょうか。

ますお 田上選手、また出血し始めましたね。

きんじ 右まぶたの上ですね。

ますお 倒れこんだときに宮古選手の肘が当たったようにも見えましたが、でも、まあ、傷口はまだそれほど大きくはなっていないと思います」

きんじ しかしこれ、あれですねえ、宮古は大きなチャンスを逃したような、逆に田上はこれで一休みできますねぇ。しかし大丈夫でしょうか。場内、声がありませんが、おっと、レフェリー鳥田、頭をもたげて、もぞもぞ動きはじめましたが。

ますお 何か言ってるようですね。

きんじ リングサイドに向って、何を言ってるんでしょうか。こちらからだと後姿しか見えませんが。

ますお 大丈夫だからほかには誰もリングに入ってくるなと言ってるんじゃないでしょうか。

きんじ なるほど、そうかもしれません。おっ、四つん這いになりましたね、呼吸を整えているようです。コミッションドクターがリングサイドに何か指示を出しているようですが、あ、鳥田、リングロープまで這っていって、ロープをつかんで、大丈夫でしょうか、コミッションドクター、言葉をかけているようですが、宮古選手も歩み寄って、田上選手も続いていきましたが、鳥田レフェリー、ロープにつかまりながら、ゆっくり立ち上がりました、大丈夫でしょうか、レフェリー鳥田、おっと、立ち上がりました。場内、割れんばかりの拍手喝采です。レフェリーがこんなに場内を湧かせるなんて、あらためさん、ついぞないことですよね。

ますお そうですね。海外ではまれにレフェリーがパンチを食らって倒れることがありますが、たいていは何事もなかったような素振りをしますけど。

きんじ 鳥田レフェリー、右手を高々と挙げて拍手に応えています、場内やんやの喝采、あっ、鼻血ですね。

ますお そうですね。

きんじ こちらに向き直った鳥田レフェリー、顔の下半分が真っ赤です。かなりの出血のように見えますが、口の中も切っていますかねぇ、どうでしょうか、お、ロープ越しにようやくタオルが差しだされました。コミッションドクター、鳥田レフェリーの朱に染まった顔をふき取って出血の具合を見ています。おっと、どうやら口の中は切っていないようですが、あ、鼻血はまだ流れますね。おっと、ドクター、鳥田レフェリーの頭に手をやって、上を向かせて、ウナジを、ドクター、とんとん叩いて、ああしかし止まりません。もう一度上を向かせて、とんとん叩いて、と、あー、だめです、止まりません。ドクター、何かまたリングサイドへ向って言っています。あ、ティッシュですね。ティッシュの箱がこんどは差しだされました。ティッシュペーパーをつまみ出して、まるめて、ああ、両方の鼻の孔に突っ込みました。そして、こんどは鳥田レフェリーが何か言っています、なんですか。

ますお タイムキーパーですね。タイムキーパーに時間が止まっているか確認しているんだと思います。すぐ再開すると言っているんじゃないでしょうか。

きんじ 自分のためにそうそう時間を止めるわけにはいかないという責任感ですね。おや、しかし鳥田レフェリーとコミッションドクターが何か言いあっています。

ますお たぶんドクターは血が止まるまで待てと言ってるんじゃないでしょうか。それに対して鳥田レフェリーはすぐに再開すると。

きんじ あっと、レフェリー鳥田、ドクターにあっちへ行けと手で払っています。ドクター、肩をすくめて困っています、が、ああ、ドクター、リングを降りました、降りていってしまいました。

ゆりこ この試合はクルーザー級ですよね。クルーザー級って、体重はどれくらいでしたっけ。

ますお 175ポンド以上200ポンドまでですから、75キロから91キロくらいの見当なんですが、両者リミットいっぱいで計量をパスしてますから、そのあと食事もしますから、おそらく90キロは軽く超えているはずです。

ゆりこ そうすると200キロ近い重みが、鳥田レフェリーには一瞬でもかかったということですよね。

ますお そうなるかもしれません。

ゆりこ 大丈夫かしら。

きんじ どうでしょうか。しかし鳥田レフェリー、気丈です。少なくともここから見る限り、気丈に映ります。リング中央に二人を呼んで、ああ、ファイト再開ですね。しかし宮古選手のほうはちょっと笑ってますね。

ますお いや、やっぱり、あんなふうにティッシュを鼻に突っ込んだままファイトって言われても、それは止むを得ないと思いますよ。鳥田レフェリーには申し訳ないですけど、おかしいじゃないですか。ま、しかしボクサーですから、宮古選手も田上選手もすぐに戦闘モードにはなるでしょう。

きんじ さあ、ようやく仕切り直しです。あらためさんが言われた通り、宮古の表情が変わりました。左、右、左と、宮古、出ます、田上、もぐりこむようにしてクリンチ。鳥田レフェリー、無理に割って入らずにそばでブレイクと声を立てました。鼻の孔に詰め込んだティッシュのせいで声がくぐもっているようですが、わりあいすんなり両者離れましたね。

ますお さすがにレフェリーのことを気にしてるんでしょう。

きんじ それにしても前代未聞といっていい椿事でしたね。かれこれ10分近くは試合が止まったんじゃないですか。おかげで田上はまったく回復したんじゃないでしょうか。

ますお そんなふうに見えますね。

きんじ それにしてもこちらのスタジオの前代未聞といっていい椿事はどうなるんでしょうか。

ますお ひねもす先生ですか。

きんじ はい。

ゆうぞう ボクが高校生のときでした。たまたま某局の将棋番組を見ていたら、升田幸三という偉い名人が解説をしていたんですが、鼻で笑いながら、つまらん将棋を指してると、口には出しませんでしたけどそんな様子がありあり見えて、そうしたら、便所に行ってくると、ぼそり言いすてて、つと席を外してしまいました。解説用の大判将棋盤の前でアナウンサーはあっけにとられていました。それをまた笑うかのように便所へ向うその下駄の音だけがカランコロンカランコロン、スタジオに鳴り響いて、なんともおかしかったです。

ますお それにしても遅いですね。いくら出が悪いといっても、もう戻ってもよさそうですけど。まさかトイレで倒れてるなんてことはないとは思うんですけど。

ゆりこ あたし、見てきます。

きんじ いや、やまざくらさんにも抜けられると採点のほうも歯抜けになってしまいます。

ゆうぞう じゃ、ボクが見てきます。

きんじ あいや、誰か人をやって見にいかせま…あ、来ました来ました、戻ってきました。ひねもす先生、お加減は大丈夫ですか。

さぶろう おん、とりあえずすっとした。

ますお 遅かったですね。

さぶろう おう、すまん。便所出たところで可愛いアナに挨拶されてよ、そうだと思って、メル友募集中って言ってやったんだ。そしたら空メール送ってぇなんて言いやがって、すぐに会いましょ食事しましょってぬかすから、お前、陰で悪質サイトのサクラのバイトやってねえかって睨んでやったりなんかしてよ、へへ、そんなこんなでちょっと立ち話。

きんじ えへん、えへん。

ゆりこ 心配して損しちゃった。

さぶろう うそだよ、うそに決まってんじゃん。

きんじ えー、試合に戻りましょう。

さぶろう 百合ちゃん、ほんとだよ、うそだよ。

ゆりこ どっちなの。

さぶろう だから、ほんと、うそだって」。

ゆりこ だからどっちなの。

きんじ えー、試合に戻ります。

さぶろう うそだって、ほんとに。

ゆりこ 知らない。

さぶろう 参ったな。あれ、おい、なんだよ、レフェリーのあのざまは。鼻から白い煙(けむ)出してるようじゃねえか。

ますお 鼻血が止まらないんですよ。

さぶろう 鼻血だと。

ますお 先生が外している間に宮古の攻撃で田上がダウンしたんです。立ち上がったんですが田上は執拗なクリンチで、それをわけようとしたレフェリーともども3人がマットに倒れこんだんです。そのとき両選手の下敷きになって鼻血も出てしまって、止まらないからティッシュで塞いでいるんです。なんだかんだで10分くらいの中断があったんです。

さぶろう へぇ、ンなことがあったのか。それにしちゃリングは相も変わらず、凪(な)いだ海のように穏やかじゃねえか」

ますお そうですね、5ラウンドまでと同じような空気になってしまいましたが、このラウンド始まって1分ばかりは激しい攻防が見られたんですけどね。

さぶろう って言うと、まだ、これ、6ラウンドってことかい。

きんじ そうです。あらためさんが言うように途中でレフェリーのアクシデントがあって、試合が中断していました。

さぶろう ふーん。ご苦労なこった。

ますお 田上にダウンがありましたから、それぞれの陣営で動きが出てくると思います。

さぶろう しかしよぉ、あらちゃん、言うまい言うまいと思ってたんだけどさ、まったくもって、なんでこんなに2人ともスピードがないんだろ。

ますお なんのスピードですか。

さぶろう 全部のスピードだよ。パンチそのもののスピード、射程に入るスピード、入ってから打つまでのスピード、相手の射程から出るスピードだよ。

ますお 国内重量級にしてはそこそこのスピードだと思います。

さぶろう 世界チャンピオンを目指すんじゃないのかい、そのいしずえを築いていくんじゃないのかい。こんなこと言うと総スカン食うけどさ、みんなスピードないよな。どういう練習をしているのか、どういう信念をもっているのかわからんけどさ、ボクシングはまずはスピードじゃないのかい。パンチ力とか体全体のパワーとかさ、あるいは技術的なもんや精神的なもんや、いろいろあってもさ、スピードがなければ始まらないだろ。軽量級はスピード、重量級はパワーなんて言う人があるけど、軽かろうが重かろうがおんなじで、まずはスピードだろ。ジムワークでシャドーやるにしても、サンドバッグ叩くにしても、スピードボール打つにしてもさ、速く打て、速く速く、もっと速く、もっと速く、もっともっと速く、って、そんな指導はしてないのかな。速く打て、速く打て、そうして拳はこう握ってナックルの部分をきちんと当てて打ちぬけって。強い選手はみんなそうだろ。見た目の形はそれぞれでも、スピードがあって距離をしっかり意識してパンチをきちんと打ってるだろ。

ますお そういう基礎的なことはみなさん承知して指導もされているはずです。

さぶろう そうかなあ。

ますお そうです。

さぶろう ケンカのつもりでやれとか根性だとか、闇雲にサンドバッグ叩いたりスパーリング時間ばかりを増やしたり、あるいは細かいテクニカルなこと、こういう攻撃にはこういう対応しろとか、形ばかりのミット打ちとか、そんなんでいっぱい汗かいて向上した気になって安心しちゃう。あとは対戦相手のビデオテープを手に入れて、それ見て自信持ったり失くしたり、なんてことはないかしらん。

ますお ありません。皆さん一所懸命です。

さぶろう そうかなあ。

ますお そうです。

さぶろう オスカー・デラホーヤっていたろ。

ますお 6冠を制したゴールデンボーイですね。1990年代から2000年代にかけての、世界のボクシングを牽引したスーパースターですね。

さぶろう 奴のボクシングはさ、まあ、見る人によっていろいろだろうけどさ、たいして面白くないんだな。一本調子でドタドタしててさ。いや…ま、聞けや。奴を天才と呼ぶ向きもあるけど、その戦績から見て当然といえば当然だけどな、おれは、奴はブキッチョなボクサーだと思うんだよ。ブキッチョだからスーパースターになったと思ってるんだよ。奴が活躍できたのは体格の利もあったろうし、人並み外れた向上心や集中力やチーム・デラホーヤとしての周到な戦略や、それから、たとえばモハメド・アリやシュガー・レイ・レナードの衣鉢を継がねばならないというか、世界ボクシングの核にならなくてはいけないというような使命感、そんなものがキャリアの途中から強くなってきたんじゃないかとも思うわけだけど、えっと、つまりさ、今ここで言いたいことは2つ。1つはブキッチョだってことは強い武器になるってことだ。ブキッチョの人間がひとつことを習得しようとして励むと、そりゃ小器用の人間よりも覚えるのは遅いけど、いったん身につけちまったら、そりゃ強いぜ。自分はブキッチョだって分かってるから、身につけたあとでも油断しない。手を抜いたりズルしたりヨコシマなことを考えたりしない。腕はますます上るって寸法だ。もう1つは、いま言っていたスピードのことだ。

きんじ えー…

さぶろう もう一回言うけどさ、ファンは気ぃ悪くすんだろうが、ツラはいいけどよ、デラホーヤのボクシングは、おれに言わせれば、見映えがしない。間合いとか緩急といったものに乏しい。けれどだ、評論家は速射砲のような連打と言うけど、もうちょっと砕いて言わないとだめだ。つまりさ、デラホーヤは、同時代のボクサーの中で、パンチのスピードについて、いちばん意識したボクサーだったと、おれは思ってる。自分はブキッチョだからボクシングの技術ではトップになれないかもしれない。それでも勝つためにはどうすればいいか。早いパンチがあればいいんだ。技術やパワーで劣っていても、パンチを相手より早く打ち込めればいいんだと。奴はそのためにパンチスピードをあげる練習を誰よりもやったと思うんだ。スキルやパワーで劣ってもスピードで勝れば、自分のパンチが当たる。先に当たる。2発打つところを3発打てる。奴はそのことを強烈に意識していた、勝ちあがっていくにはそれしかないと。

きんじ えー、まもなく6ラウンド終了かと思います。アクシデントで中断して、そして再開されてから2分が過ぎようとしています。アクシデントの前と後ではリングの状況はまるで違いますが、ああ、ゴングです、6ラウンド、長いラウンドが今、終わりました。あらためさん、採点をお願いします」

ますお 100-72宮古です。ダウンがありましたし、田上は劣勢のままでした。

きんじ ひねもすさん。

さぶろう おれは外していたから採点はできない。

きんじ そうですか。そうですね、われわれの採点はオフィシャルではないといっても、だからといっていい加減なこともできませんね。このラウンドのひねもすさんの採点はなしにしておきます。やまざくらさん。

ゆりこ はい。100-75で宮古選手のラウンドです。あらためさんと同じで、田上選手は押されっぱなしでした。けれどもラウンドの後半はほんの少しですけど、なんとか持ち直したように見えました。

ゆうぞう いろいろと記憶に残るラウンドでした。

・・・・つづく

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