女あるじ 【酔いどれ前のひとりごと vol.131】

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vol.131 女あるじ


 宴会で飲んだくれて、トイレに立ったら、調理場へ続く廊下の傍らに写真付きのボクサーのサイン色紙が飾ってあった。現役の日本ランカーのものだった。

 地元出身のボクサーで、試合が近づくと母親と一緒に1万円のチケットを5枚持ってくるから、それを買ってやって、ほかに祝儀を包むと、そばにいた女あるじは教えてくれた。

 女あるじは当地では聞こえたやり手で、80を迎えんとする今も料理一品にまで細かな指示を飛ばす。


 半年たってまた宴会があって、そうしたらサイン色紙は演歌歌手の写真に変わっていた。

 地元に大物演歌歌手を呼んだ、そのときの舞台写真だった。1時間半のステージで歌手のギャラは130万、ほかに舞台設営やらなにやらで220万ほど、すべて女あるじの負担だった。

 前にあったボクサーの色紙はどうしました?

 なにげなく尋ねてみる。ぼそぼそ応えるが要領を得ないので、酔いにまかせてしつこく訊く。

 やってもらうばかりじゃだめさ。

 不機嫌な声がようやく返ってくる。

 本人は日本チャンピオンになりたいと言う。地元から日本チャンピオンが出るなら、あたしだって出したい。応援もした。

 初めのうちはチケットは持ってくるだけ買い取って、ほかにもできるかぎりのことをしたつもりだった。試合会場へも足を運んだ。あたしが行けなくてもほかの人を行かせたし、都合がつかないときでもチケット分のお金やらいろいろ工面もした。

 けど、やってもらうばかりで、こっちがお願いしたことはやってくれない。それじゃだめだ。

 女あるじの嘆きはなおしばらく続いたが、なにぶん地元の言葉なので不明なところ多く、僕自身が酔っぱらってもいるので聞き取れない。

 たぶん、ちょっとしたイベントへの参加を求めたところ、ボクサーに断られたというほどのことを言っていたんじゃないか。

 確かめれば、ささいな行き違いにすぎなかったのかもしれない。ボクサー自身、如才なく挨拶することが…たいていのボクサーはそうだと思うが、苦手だったのかもしれない。

 が、なにをおいても駆けつけてくれることを女あるじは願い、参じないまでも、これこれこういうわけで行かれませんという、誠意ある素早い回答を待っていたような口ぶりだった。

 ボクサーと後援者の間は徐々に遠くなっていって、いまではなんの連絡もないと女あるじは横を向く。

 夢を叶えるには人の夢を叶えるが早道――と聞いたことがあるが、どうなんだろ、ひとりよがりの僕にはピンとこない。

 そのボクサーはまだ日本ランキングに名がある。


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■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。

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