柴田明雄、残念無念

 この日、出番まであと2試合を残すのみとなった、青コーナー挑戦者の控え室を訪れた。初のタイトルマッチを目前にした挑戦者・柴田明雄は落ち着かない様子で、しきりに体を動かしていた。

 イメージトレーニングを繰り返す。ステップを刻む…。「試合前は人一倍緊張する」柴田にとって、この大一番にかかるプレッシャーは図り知れないものがあるはずだった。

 みょうに息苦しくなって、オレは何度となく部屋を出たい気持ちにかられた。そんな時、

「キャンディ食べるか」

 渡辺均会長が柴田に声をかけた。

 試合中に血糖値を上げ脳や筋肉の働きを良くするため、試合前に吸収の早いチョコレートやキャンディを食べることがよくあるが、柴田はそれを拒んだ。個体がのどを通らないのが明白だった。

 しかし、それほどの緊張感の中で彼をこの場に踏み止まらせていたもの、それは佐々木基樹、山口裕司というチャンピオンクラスの実力者と渡りあった経験だったのではないか。

 ボクシングという何が起きるかわからない不確かな世界の中で、手探りの世界の中で、手応えとして信じられるものは、厳しい練習とたくましい経験なんだろう。

画像「ドシュッ」

 柴田の右ストレートが緊迫した空気を切り裂いた。寒気がするほどの音。その素晴らしい切れ味が、これから王者を苦しめるに違いないと予感させる。同時に、張り詰めた雰囲気を少しだけ断ち切った。

「内山さんもやっぱ(タイトルマッチは)緊張しますか」

 と柴田。

「そりゃあ試合だもん、緊張するよ」

 内山高志が返す。

「誰だってタイトルマッチは緊張するだろ(笑)」

 加山利治さん(元日本ウェルター級チャンプ=現・ワタナベジムトレーナー)がのっかる。

「なんだ、柴田は今はじめてそんなこと知ったのか?」

 と会長。一同に笑みがこぼれる。

「柴田って、バスケットやってたんだって?……」

 加山さんが、さらに場を和ませようと声をかけ続ける。それはまさに個人競技における“チーム”だった。

 そしてそのチームのクルー誰もが、このちょっと頼りなく見える青年がベルトを巻くことを願っていたんだと思う───。

画像 王者・日高和彦との試合は、めまぐるしく展開が変わる激闘だった。

 結果は周知のとおり。

 試合を通して、自分のペースを貫いたのは王者だったように思う。一発で流れを変える効果的なパンチを出せるところに、王者たる所以をみた。

 訪れたチャンスが早いラウンドだったことが、柴田にとって良かったのか悪かったのか・・・。結果的に、気負いと早いスタミナ消耗を招いてしまったのかも知れない。

[霜]

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