酔いどれ前のひとりごと vol.93 辰吉、魅惑の3番勝負

画像


vol.93 辰吉、魅惑の3番勝負


★その1 チューチャード・エアウサンパン戦
 <1990年2月11日/東京ドーム>

 マイク・タイソン陥落の日は、浪速のタイソン東京お目見えの日でもあった。

 初めての印象はしかし良くなかった。体が締まってなくてドラム缶みたいな胴体だと。けど、おおいなる可能性を見たから、『あしボク1号』で、辰ちゃんのベストだと、失礼は承知で、口を滑らせた。

「培った才能をさらに伸ばしていくか、ファンを喜ばすボクサーになるか、わかれ道だった。辰ちゃんはファンをとった」と書いた。

 辰ちゃんのカリスマなんてどうでもよかった。そんなもの、おれは信じてなかった。派手に動く辰ちゃんに、洗練のボクシングをするもう1人の辰ちゃんを、おれは重ねようとして出来ないことに苛立っていった。


★その2 シリモンコン・ナコントンバークビュー戦
 <1997年11月22日/大阪城ホール>

画像 辰ちゃんは「試合は作品だ」と世迷いごとを言うようになった。たしかにリチャードソン戦までは不出来はあったものの、おおむね器用な小学生が描く上手な絵のようだった。

 それからは、喧騒のわりにボクシングは精彩を欠く。ここらが潮時と、あきらめムードの大阪城ホールに、ゴングは鳴った。

 足を使い、信念のこもったリードブローをひたすら打ち込む、セオリー通りの、静謐な、あの第1ラウンドを、辰ちゃんのベストラウンドとすることに賛同してくれる人はいるだろうか。初めの2ラウンズで、辰ちゃんの右ブローは10発ほどしかない。間断なく放ったパンチのほとんどが左ブローだった。あのとき、酷薄な勝負の女神が足を止めた気がしてならない。

 期せずして、試合は、観るもの各人各様に物語を喚起させる、色彩豊かにして哀愁を帯びた名画のたたずまいを見せた。

 あの夜、気のおけない友人に「辰吉は初めてボクシングをした」と、おれは言った。


★その3 セーン・ソー・プルンチット戦
 <2002年12月15日/大阪府立体育会館>

 3年4カ月ぶりのリングインでロープをまたぎそこねて転倒しかけた辰ちゃん。ウィラポンとの2度に渡る惨敗が脳裏をかすめた。

 蓋をあけたら、世界を9度防衛の元王者を歯牙にもかけない辰ちゃんがいた。本人は、後がない状況でぎりぎりの勝負をしていたのかもしれないが、そんなことはどうだっていい。おれに、どういうふうに映ったのか、それだけだ。

 どいてくれ、オレは行かなきゃならないんだ、と、そういうふうにこちらが勝手に思う、そういう試合におれは弱くて、この日の辰ちゃんはそういうふうにおれに映った。ああ辰ちゃんは強いんだ、世界トップ5に入る実力だと感心したことも覚えている。セーンは本来、下のクラスだし、辰ちゃんはホームタウンで圧倒的な声援だし、だから辰ちゃん有利ではあったけれども、それらを足しても引いても、辰ちゃんは強かったよ。こう見てくるとみんなタイ人で、辰ちゃん、タイ人とは相性よかったのかも、ただ1人を除いては。

 そうして2007年、夏。辰吉丈一郎は花道のずっと奥に控えて、アナウンスを待ちながら、今もリングを見据えている、とかや。


▽バックナンバー
vol.92 それぞれの落日
vol.91 運の悪い男
vol.90 ロッカールーム
vol.89 重箱のスミ~2006年12月号
vol.88 重箱のスミ~2006年11月号
vol.87 アウトがセーフ
vol.86 重箱のスミ~2006年10月号
vol.85 ラウンドガールは飯島愛
vol.84 重箱のスミ~2006年9月号
vol.83 夢の始まりは…
vol.82 重箱のスミ~2006年8月号
vol.81 拳聖ふたたび
vol.80 重箱のスミ~2006年7月号
vol.79 重箱のスミ~2006年6月号
vol.78 重箱のスミ~2006年5月号
vol.77 重箱のスミ~2006年4月号
vol.76 重箱のスミ~2006年3月号
vol.75 悪いのはだれだ? おれだ…
vol.74 オサム会長はおっきいのがお好き
vol.73 重箱のスミ~2006年2月号
vol.72以前 夜明け前,カメダ・ワールド,重箱のスミ~2006年1月号,逆転の貴公子,ほんの少しの恐怖,ジャブを出せ,ガッツ石松 vs ロベルト・デュラン~もちろん架空~エキジビション,最強という名の幻想,年間最高試合について,これぞ伝説,アリ、フレージャー、そしてフォアマン,だけどファイティング原田は好きだった,なんとなく空想対決[G.フォアマン vs B.サップ],拳聖....etc.


■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。


この記事へのコメント

よしたつ
2007年08月22日 11:47
「作品」云々の評価対象にしていいのは、せいぜいシリモンコンあたりまでじゃないかと思います。

この記事へのトラックバック