酔いどれ前のひとりごと vol.103 大場政夫の強さについて

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vol.103 大場政夫の強さについて



 最後の試合は1973(昭和48)年の正月2日、タイ国のチャチャイ・チオノイという選手が相手で、WBA世界フライ級王座の5回目の防衛戦だった。

 1ラウンド、相手の大振りパンチを食らって、チャンピオン大場政夫はダウンをする。その際、右足首を捻挫して、立ち上がってもパンチのダメージよりも足首捻挫が気になるのか、ファイティングポーズのかたわらで、つま先立って右足首をぐるぐる回して回復をはかっている様子。

 会場はお屠蘇気分がいっぺんに吹き飛んで殺伐な空気につつまれる。挑戦者はここを先途と攻めあげる。足のきかない大場は上体だけでしのぐ。その痛々しさ非情さに皆々、声がない。長い長いラウンドだった。

 なんとかしのぎきって大場は1ラウンド終了のゴングにこぎつける。そこから徐々に反撃に転じて、12ラウンド目(この当時は15ラウンド制)、足を引きずりながらも、とうとう相手を倒して、この試合は語りぐさになる。それからわずか23日、彼は愛車とともに首都高速道路にくだけて散った。

◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 僕は大場政夫というボクサーの実力がどれほどのものだったか、ずーっとわからないでいる。専門家やオールドファンの絶賛を消して、彼を見ようとして一応見たつもりだけど、いまだに強さの位置づけができないでいる。

 ただね、これはマニアの人なら知ってる話なんだけど・・・そりゃホントがどうかはわからない。ツジツマを合わせた作り話かもしれないし、あとになりゃなんとでも言えるし、僕も“また聞き”で裏を取ったわけじゃないし。

 だから聞いた人それぞれが勝手に判断すればいいことなんだけど、この試合の1ラウンドが終わって、大場がほうほうのていでコーナーに戻ったとき、大場陣営はこれでこの試合は「勝ったと確信した」ということ。

 事実、勝ったんだけど、ハタから見れば大場の負けは時間の問題だったろう。1ラウンド終了時点で、大場陣営は、負けを覚悟したんじゃなくて・・・しつこいね、「勝ちを確信した」と。

 機会は訪れるかどうか――いつかだれかに質す機会があれば強さの位置づけができる、かもしれない。


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vol.72以前 夜明け前,カメダ・ワールド,重箱のスミ~2006年1月号,逆転の貴公子,ほんの少しの恐怖,ジャブを出せ,ガッツ石松 vs ロベルト・デュラン~もちろん架空~エキジビション,最強という名の幻想,年間最高試合について,これぞ伝説,アリ、フレージャー、そしてフォアマン,だけどファイティング原田は好きだった,なんとなく空想対決[G.フォアマン vs B.サップ],拳聖....etc.


■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。

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