オールド・ファッション・ボクシング~12 【酔いどれ前のひとりごと vol.130】

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vol.130 オールド・ファッション・ボクシング
~タイソンからパッキャオまで~12


 1996年のWOWOWエキサイトマッチでは特筆すべきことが3つあった。

 6月にオスカー・デラホーヤとフリオ・セサール・チャベスの対戦があり注目を集めた。チャベスの出血でデラホーヤに軍配があがったが、終始ペースはデラホーヤでチャベスは精彩を欠いた。

 試合そのものでこの年一番は、11月の「マイク・タイソンvs.イベンダー・ホリフィールド」だった。順風に帆をあげたかに見えた巨大な船のあえない沈没で、正々堂々のホリフィールドの姿が鮮やかだった。

 特筆の3はタイソンの王座返り咲きと陥落という、“タイソン・タイム”が年間を通して流れていたということ。

 しかしなあ、テレビ解説はタイソン復活を繰り返し言っていたが、どこまで本気で言っていたのかなあ。

 マイケル・スピンクス戦あたりをピークにタイソンのスピードは落ちてきていて、ヘッドスリップ等ディフェンスには手を抜いて、それでも他のボクサーよりは速かったから、とにかくパンチを打ち込んで決めちまえばいいと、タイソンも横着こいて戦っているふうだった。

 少しボクシングを見てきた人ならすぐにわかることだけど、ボクシングでメシ食ってると、わかっていても言えないことはあるね。

 特筆の2はナジーム・ハメドの登場だった。僕にとってハメドはエキサイトマッチ最大のボクサーで、ハメドの前にハメドなし、ハメドのあとにハメドなしと、現在でも言うことができる(結構僕はミーハーなんです)。

 タイソンやチャベス、パーネル・ウィテカー、アズマー・ネルソンあたりはエキサイトマッチ以前からのボクサーだったし、デラホーヤ、ロイ・ジョーンズ、フェリックス・トリニダード、マルコ・アントニオ・バレラ、アイク・クォーティーなどはそれぞれにいい試合をして星をのばしていたけれど、僕には既視感(デジャビュ)みたいなものを彼らに感じていて、ひそかに過去のボクサーと比べる癖が抜けなかった。

 ほかにコンスタンチン・チューも売り出しだった。ノーガードで相手に近づいてパンチを打ち込む。打つなら打て、おれも打つよ、どっちが強いかやってみようぜ、けど、当たるのはおれのパンチだぜ、なぜって、パンチのスピード・正確さ・回転、みんなおれのほうが上だからな。そういう確固たる自信がチューにはあって、相手もそれが分わかっている。チューのノーガード接近に僕はそんな間合いを見ていた。

 今をときめくマニー・パッキャオはどうなんだってなると、ベン・ビラフロアとかローランド・ナバレッテとかアレクシス・アルゲリョには負けたけどアンディ・ガニガンとか、そういったるいるいの同国人ボクサーたちが作ってきた豊かな土壌に見事な花を咲かせたって感じがしている。

 それはそれとしてハメドである。ハメドを視るとき、ハメド以外のボクサーが出てこなかった。

 ヘクター・カマチョ、ホルヘ・パエス、クリス・ユーバンクといった名前をあげて、パフォーマンスを云々して同列に論じる向きがあったが、彼らとハメドと決定的に違う点があった。

 ハメドひとり、リング外よりもリング内がさらに面白かった。こんなタイプは徴兵拒否でタイトル剥奪される前までのモハメド・アリくらいしか浮かんでこない。日本でもファンサービスを頭におくボクサーはいるけれど、カーンとゴングが鳴ったとたんにたいてい凡庸になる(そういうことがいいとか悪いとかではないよ)。

 それから僕はハメドに卑怯を感じなかった。

 ほかのボクサーが卑怯未練だっていうわけじゃ、もとよりないよ。ただ、ときどきさ、なんか、逃げてるとかごまかしてるとかさ、様子や動きにそんなものを感じるボクサーならびに関係者があるんだけど、それもそれはそれで見て見ぬふりしちゃえばいいようなもんだけど、あれだけド派手な言動を続けたハメドにはそんなものがたまには見えてもよさそうなのに見えなかった。今でも僕はハメドが人物としてはどんなだったかわからない。ハメドのことを言い出すと取りとめがなくなる。

 いよいよ特筆の1、1996年エキサイトマッチ最大の出来事。

 4月に初めてハメドを紹介したその放送で、安江真由美アナウンサーがお目見えしたことだった。4年ほど前に1回だけ城戸真亜子女史をゲストに迎えたことがあったが、それ以外はむさくるしい、あるいは殺風景な男所帯が続いていたエキサイトマッチ。しかし女人禁制の霊山がついにその禁を解いたのだ、なんちゃって。

 いつの頃からか、僕は自分が立ち入ってはいけない清い世界があることを薄々感じていた。その世界を眼前に見る思いだった。安江アナ、まぶしかった。歌の文句じゃないけれど、今ごろどうしているかしら。仕合せになっていればいいなあ(お前はヘンタイか)。

 まだ準レギュラーの扱いだったが、これ以後、役割も増えていって、女性アナが紅一点、番組を彩ることになった。でもね、今でも思うことだが、彼女たちに気の毒さを感じている。読書は好きだが仕事とはいえ関心のない作者のものを関心があるふうを装ってその大半を読まなければならない苦しさみたいな、句読点のない長い文を読むような、あー苦しい。

 以上、1996年の特筆事項。

 くどいけれど繰り返そう。第3位、マイク・タイソン、第2位ナジーム・ハメド、第1位安江真由美アナ。

 順番はマジでこの通りです。


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■酔田振男(よった・ふりお)
1953年生れ、東京都出身。街頭テレビで藤猛vsニコリノ・ローチェを見てボクシングに惹かれ、観戦通いを始める。今はもっぱらテレビ観戦。ここ数年は週2回のキャバクラ通いに余念がなかったが、年のせいか近頃控えめ。(有)トランス企画社長。独身。

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